自庁処理~管轄のない裁判所で遺産分割が行われる場合
遺産分割
遺産分割事件の管轄
遺産分割調停や遺産分割審判を行う裁判所の管轄(土地管轄)は、法律上、以下のように定められています。
1 遺産分割調停事件
相手方の住所地を管轄する家庭裁判所(相手方が複数いて住所地が異なる場合はそのいずれか)または当事者が合意で定める家庭裁判所(家事事件手続法第245条1項)。
2 遺産分割審判事件
相続開始地(被相続人の最後の住所地)の家庭裁判所(家事事件手続法第191条1項)。
このように遺産分割調停事件と遺産分割審判事件とでは管轄裁判所が異なり、遺産分割調停事件では相手方が被相続人と関係のない住所地に住んでいる場合もあります。
家事事件手続法では、管轄のない裁判所が遺産分割を行うことができる場合として、自庁処理という制度を設けています。
遺産分割調停申立事件の自庁処理
1 管轄権のない家庭裁判所への調停申立て
申立人が管轄権のない家庭裁判所へ調停の申立てをした場合には、申立てによりまたは職権で、管轄権のある家庭裁判所に事件が移送されます(管轄違いを理由とする移送、家事事件手続法第9条1項本文)。
もっとも、事案によっては、管轄権を有しない家庭裁判所で審理等をする方が適切な場合もあります。遺産分割調停事件の申立てを受けた家庭裁判所は、事件を処理するために特に必要があると認めるときは、職権で管轄のない他の家庭裁判所に移送したり(管轄権を有しない家庭裁判所への移送)、自ら処理をする(自庁処理)ことができます(家事事件手続法第9条1項ただし書)。
2 事件を処理するために特に必要があると認めるとき
自庁処理が認められるためには、「事件を処理するために特に必要があると認めるとき」である必要があります。
どのような場合がそれにあたるかが問題となりますが、原則的な管轄(土地管轄)によると申立人・相手方の双方にとって不便であったり、当事者の経済力等を比較してその一方に著しい負担を強いることになるなど、管轄の原則を緩めても事件の適正・迅速な処理のために必要である場合であるとされています。そして、この判断にあたっては、事件の内容、当事者の状況、管轄権のない裁判所へ申立てがされた経緯などを総合的に考慮することになります。
自庁処理の裁判がなされ得る場合としては、例えば、被相続人の最後の住所地で遺産の所在地に居住している申立人が、相手方の住所地ではなく被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に調停申立てをした場合があります。
3 不服申立てと移送の裁判との関係
自庁処理の裁判に対しては不服申立て(即時抗告)ができないことになっています(家事事件手続法第9条1項・3項)。
裁判所は、事前に当事者等の意見を聴かなければならないとされており(家事事件手続規則第8条1項)、相手方に対して、自庁処理に関する意見照会書を送付するなどして意見を確認したうえで自庁処理の裁判(告知で確定)がなされます。意見を聴くのは、相手方に対して移送の申立てを行う機会を確保するためです。
自庁処理の裁判を行う前に管轄違いを理由とする移送の申立てがされた場合は、まず移送の判断をするのが相当であるとされています。例えば、家庭裁判所が、事件を処理するために特に必要があると認めて自庁処理の裁判をすべきであると判断した場合は、移送申立てを却下する決定をした上で、同決定の確定後に自庁処理の裁判をすることになります。
遺産分割調停不成立で遺産分割審判に移行した場合の自庁処理
1 遺産分割調停不成立の場合の遺産分割審判への移行
遺産分割調停が不成立で終了した場合は、遺産分割事件は審判手続に移行し、遺産分割審判手続が開始します。この場合、申立ての時に、当該事項についての家事審判の申立てがあったものとみなされます(家事事件手続法第272条4項)。
2 審判手続を行う裁判所
調停不成立で審判に移行した場合は、審判移行時に、相続開始地を管轄する家庭裁判所(審判手続の管轄裁判所)で手続が行われていなかった場合には、改めて管轄裁判所へ移送するか(管轄違いを理由とする移送)、自庁処理の裁判をすることになります(家事事件手続法第9条1項)。
3 事件を処理するために特に必要があると認めるとき
自庁処理が認められるための「事件を処理するために特に必要があると認めるとき」については、調停手続のところで述べたところと同じですが、自庁処理を認める例としては、被相続人の最後の住所地は相続財産の所在地や相続人の住所地などから離れているが、調停手続は相続財産の所在地や相続人の住所地で行われ、その家庭裁判所で審判手続を行うような場合があります。
付調停の場合の自庁処理
1 遺産分割事件では法律上、調停前置主義が取られていないこと
遺産分割事件は家事事件手続法別表第2に掲げる事件であり、法律上、調停前置主義(家事事件手続法第257条1項)が採用されておらず、当事者は調停、審判のいずれの申立てをするかの選択が可能です。
もっとも以下に述べるように、いきなり審判申立てをしても調停に付される場合が多いかと思います。
2 付調停
家庭裁判所は、遺産分割審判事件が係属している場合、いつでも職権で当該事件を家事調停に付することができます(家事事件手続法第274条1項)。家庭に関する紛争については可能な限り合意を基礎とした自主的、円満な解決手続である調停による解決が望ましいという見地から、当事者が望まなくとも職権で調停に付することを認めたものであると説明されています。
調停に付する場合、家庭裁判所は、当事者の意見を聴いたうえで(家事事件手続法第274条1項)、付調停の決定をします。この決定に対しては不服申立て(即時抗告)をすることはできません。
付調停がなされた場合、審判事件が係属している裁判所は調停事件が終了するまで審判手続を中止することができ(家事事件手続法第275条2項)、調停成立や調停に代わる審判(家事事件手続法第284条1項)確定のときは審判事件は終了します(家事事件手続法第276条2項)。調停が不成立等により終了した場合、審判手続が中止されていたときには審判手続が再開します。
3 付調停がなされた場合の調停事件を処理する裁判所
付調停がなされた場合、調停事件の管轄権を有する家庭裁判所が処理するのが原則です(家事事件手続法第274条2項本文)。
しかし、家庭裁判所は、調停事件を処理するために特に必要があると認めるときは、事件を管轄権を有する家庭裁判所以外の家庭裁判所に処理させることができます(家事事件手続法第274条2項ただし書)。また自庁処理をすることもできます(家事事件手続法第274条3項)。
4 自庁処理
審判事件の係属している家庭裁判所が事件を調停に付する場合には、その家庭裁判所が調停事件の管轄権を有しているかどうかにかかわらず、自ら処理することができます(自庁調停、家事事件手続法第274条3項)。
自庁処理については、審判事件が係属している裁判所は、その審理を通じて事件についての心証等を得ていることが多く、このような心証等を用いて調停を行うことにより円滑に手続を進めることが可能であると説明されています。
【菅野綜合法律事務所 弁護士菅野光明】
監修
菅野綜合法律事務所
弁護士 菅野光明第二東京弁護士会所属
弁護士歴20年超える経験の中で、遺産分割、遺言、遺留分、相続放棄、特別縁故者に対する相続財産分与など相続関係、財産管理、事業承継など多数の案件に携わってきた。事案に応じたオーダーメイドのていねいな対応で、個々の案件ごとの最適な解決を目指す。