代襲相続~胎児と人工授精による死後懐胎子
相続人の範囲と調査
1 被相続人と相続人の同時存在の原則
相続人は、被相続人死亡時に生存していることが必要です(同時存在の原則)。
同時存在の原則は、代襲相続の場合にも適用され、代襲者は、相続開始時点、つまり被相続人の死亡時に生存していることが必要です。
2 胎児の場合は同時存在の原則の例外
民法第886条第1項は、「胎児は、相続については、既に生まれたものとみなす。」と規定しており、胎児も相続開始時点で存在し、その後生きて生まれれば(民法第886条第1項は、「前項の規定は、胎児が死体で生まれたときは、適用しない。」と規定しています。)、代襲相続人としての資格を有することになります。
3 人工授精による死後懐胎子
あらかじめ冷凍保存されていた夫の精子を用い、夫の死亡後に行われた人工授精により妻が懐胎して産んだ子(死後懐胎子)が、死亡した父親を代襲相続したとして代襲相続人としての資格を主張できるかがが問題となります。
この点については、最高裁判所平成18年9月4日判決(民集60巻7号2563頁)が次のように判示して、代襲相続を否定しています。
「民法の実親子に関する法制は、血縁上の親子関係を基礎に置いて、嫡出子については出生により当然に、非嫡出子については認知を要件として、その親との間に法律上の親子関係を形成するものとし、この関係にある親子について民法に定める親子、親族等の法律関係を認めるものである。
ところで、現在では、生殖補助医療技術を用いた人工生殖は、自然生殖の過程の一部を代替するものにとどまらず、およそ自然生殖では不可能な懐胎も可能とするまでになっており、死後懐胎子はこのような人工生殖により出生した子に当たるところ、上記法制は、少なくとも死後懐胎子と死亡した父との間の親子関係を想定していないことは、明らかである。
すなわち、
死後懐胎子については、その父は懐胎前に死亡しているため、親権に関しては、父が死後懐胎子の親権者になり得る余地はなく、扶養等に関しては、死後懐胎子が父から監護、養育、扶養を受けることはあり得ず、相続に関しては、死後懐胎子は父の相続人になり得ないものである。
また、代襲相続は、代襲相続人において被代襲者が相続すべきであったその者の被相続人の遺産の相続にあずかる制度であることに照らすと、代襲原因が死亡の場合には、代襲相続人が被代襲者を相続し得る立場にある者でなければならないと解されるから、被代襲者である父を相続し得る立場にない死後懐胎子は、父との関係で代襲相続人にもなり得ないというべきである。
このように、死後懐胎子と死亡した父との関係は、上記法制が定める法律上の親子関係における基本的な法律関係が生ずる余地のないものである。
そうすると、その両者の間の法律上の親子関係の形成に関する問題は、本来的には、死亡した者の保存精子を用いる人工生殖に関する生命倫理、生まれてくる子の福祉、親子関係や親族関係を形成されることになる関係者の意識、更にはこれらに関する社会一般の考え方等多角的な観点からの検討を行った上、親子関係を認めるか否か、認めるとした場合の要件や効果を定める立法によって解決されるべき問題であるといわなければならず、そのような立法がない以上、死後懐胎子と死亡した父との間の法律上の親子関係の形成は認められないというべきである。」
上記の胎児のような立法上の例外規定がない限りは、死後懐胎子については、生物学的な関係はともあれ、法律上、親子関係、ひいては代襲相続人としての資格を認めることはできないということになります。
【菅野綜合法律事務所 弁護士菅野光明】
監修
菅野綜合法律事務所
弁護士 菅野光明第二東京弁護士会所属
弁護士歴20年超える経験の中で、遺産分割、遺言、遺留分、相続放棄、特別縁故者に対する相続財産分与など相続関係、財産管理、事業承継など多数の案件に携わってきた。事案に応じたオーダーメイドのていねいな対応で、個々の案件ごとの最適な解決を目指す。