遺産分割協議が破産手続において否認される可能性
遺産分割
目次
1 相続分を下回る遺産しか取得しなかった遺産分割協議が破産法上の無償行為にあたり否認されるか
破産法第160条第3項は、破産者が行った無償行為の否認について規定しています。無償行為とは、破産者が経済的な対価を得ないで財産を減少させたり、債務を負担する行為であり、その典型例は贈与です。
遺産分割協議においては、様々な事情により、相続人のうちのある者がその者の相続分を超える遺産を取得し、それによって別の相続人が相続分を下回る遺産しか取得しない協議が行われることがあります。このような場合、相続分を下回る遺産しか取得しないことにつき対価性を伴わない場合、遺産分割協議による財産の移転行為が、贈与と破産法による否認の対象となる無償行為にあたるかが問題となります。
遺産分割協議の後に相続分を下回る遺産しか取得しなかった相続人が破産した場合に問題となります。
2 東京高等裁判所平成27年11月9日判決(金融商事判例1482号22頁)
この点について平成27年の東京高等裁判所の判決があり、以下のように判示しています。
(1)遺産分割協議は詐害行為取消権行使、詐害行為否認の対象となり得る場合もある
「遺産分割協議は、相続の開始によって共同相続人の共有となった相続財産について、その全部又は一部を、各相続人の単独所有とし、又は新たな共有関係に移行させることによって、相続財産の帰属を確定させる行為である。
したがって、遺産分割協議は、その性質上、財産権を目的とする法律行為であるということができるから、共同相続人間で成立した遺産分割協議は、民法424条1項所定の詐害行為取消権行使の対象となり得るものであり(最高裁判所平成11年6月11日第二小法廷判決・民集53巻5号898頁)、破産法160条1項所定の詐害行為否認の対象となり得る場合もあるものと解される。」
(2)遺産分割自由の原則を尊重すべきであり、詐害性を直ちに認めることはできない
「民法906条は、遺産の分割は、遺産に属する物又は権利の種類及び性質、各相続人の年齢、職業、心身の状態及び生活の状況その他一切の事情を考慮してこれをすると定めている。
共同相続人は、単純承認をし、あるいは、限定承認又は相続の放棄をせずに民法915条1項の熟慮期間を経過した結果として単純承認をしたものとみなされた場合であっても、その後に遺産分割協議を行うときに、上記の一切の事情を考慮し、相続の開始によって共同相続人の共有となった相続財産について、その全部又は一部を、各相続人の単独所有とし、又は新たな共有関係に移行させることができる。その際、相続人間での自由な協議と処分が認められている以上、相続人全員の合意で遺産を法定相続分ないし具体的相続分と異なる割合で分割することはもとより妨げられず、代償金等の経済的な対価を伴っていなくとも差し支えない。このように、遺産分割については、いわゆる『遺産分割自由の原則』があり、法定相続分や具体的相続分とは異なる割合での分割も可能であって、遺産分割協議による分割は、それが共同相続人の自由意思に基づく合意によるものであれば、基本的にはこれを尊重すべきものである。
したがって、相続人である破産者が遺産分割によって法定相続分ないし具体的相続分を下回る遺産しか取得しなかったとしても、それは、民法906条に則り、上記の一切の事情を考慮した結果であることもあり得るから、その詐害性を直ちに認めることはできないというべきである。」
(3)贈与や債務免除のように類型的に対価関係なしに財産を減少させる行為と解するのは相当ではない
「そうすると、贈与や債務免除のような、経済的な対価を伴わない限り、破産者の財産を減少させる行為と評価するほかない行為は、破産債権者の利益を害する危険が特に顕著であって、類型的に『無償行為』として破産法160条3項が軽減された要件で否認を認める上記の根拠が妥当するのに対し、遺産分割協議については、経済的な対価がないということから、無償行為否認について軽減された要件で否認を認めることについての上記の破産法上の根拠がそのまま妥当するとはいえない。
また、遺産分割協議は、相続人である破産者の財産を形成していたものが無償で贈与された場合と異なり、元々破産者の財産でなかったものが、遺産分割の結果によって相続時にさかのぼってその効力を生じ、破産者の財産とならなかったことに帰着するものであるから(民法909条)、この点からみても、破産法160条3項所定の無償行為として、類型的に対価関係なしに財産を減少させる行為と解するのは相当ではないというべきである。」
(4)破産者の被相続人の財産に対する破産債権者の期待を特に強く保護する必要はない
「実質的にみても、債務者たる相続人が将来遺産を相続するか否かは、相続開始時の遺産の有無や相続の放棄によって左右される極めて不確実な事柄であり、相続人の債権者は、直ちにこれを共同担保として期待すべきではないというべきものである(最高裁判所平成13年11月22日第一小法廷判決・民集55巻6号1033頁)。
つまり、破産者がその被相続人の死亡という偶然の事情によって遺産を共有することになったとしても、相続開始前に破産者に対する債権を取得していた破産債権者にとっては、いわばそれは偶然による特別の幸運である。
そして、控訴人が例として挙げる破産者が思わぬ贈与を受けた場合や宝くじに当選した場合とは異なり、上記説示のとおり、相続においては共同相続人が、民法907条1項に基づいて全員の合意で遺産を法定相続分ないし具体的相続分と異なる割合で分割することが妨げられないものである。加えて、破産債権者は、元来、破産者の財産を引き当てにしていたので、破産者の被相続人の財産に対する破産債権者の期待を特に強く保護する必要はないから、遺産分割協議が破産債権者を害する程度(有害性)が大きいとは当然にはいえないというべきである。」
(5)遺産分割協議は原則として破産法上の無償行為には当たらないが、遺産分割に仮託してされた財産処分であると認めるに足りるような特段の事情があるときには、無償行為否認の対象に当たり得る場合もないとはいえない
「以上のとおり、共同相続人が行う遺産分割協議において、相続人中のある者がその法定相続分又は具体的相続分を超える遺産を取得する合意をする行為を当然に贈与と同様の無償行為と評価することはできず、遺産分割協議は、原則として破産法160条3項の無償行為には当たらないと解するのが相当である。」
「もっとも、遺産分割協議が、その基準について定める民法906条が掲げる事情とは無関係に行われ、遺産分割の形式はあっても、当該遺産分割に仮託してされた財産処分であると認めるに足りるような特段の事情があるときには、破産法160条3項の無償行為否認の対象に当たり得る場合もないとはいえないと解される。」
3 遺産分割協議を行うにあたっての留意点
このような裁判例が出され、今後の実務上の参考、指針となるように思われます。
この裁判例によれば、遺産分割に仮託してされた財産処分であると認めるに足りるような特段の事情があるようなかなり限定された場合でないと、遺産分割協議が否認の対象となり得ることはないということになります。
遺産分割協議を行う際、相続人の中に破産をする予定があったり、その可能性の高い者がいる場合、他の相続人からすると、遺産分割協議を行ったとしても後日の破産手続でそれが否定されるのではないかとの心配や懸念が生じ得るところです。
しかし、民法第906条は、「遺産の分割は、遺産に属する物又は権利の種類及び性質、各相続人の年齢、職業、心身の状態及び生活の状況その他一切の事情を考慮してこれをする。」としているわけですから、経済的観点からの各相続人の相続分に形式的に合致した分割案のみが正しい基準になるとは限りません。したがって、相続人の中にそのような事情のある者がいる場合の遺産分割においても、数的な形式的基準に合致させることに過度にこだわったり神経質になる必要はなく、民法第906条が掲げる事情を考慮して柔軟に遺産分割協議を行うことは可能であると思います。
【菅野綜合法律事務所 弁護士菅野光明】
監修
菅野綜合法律事務所
弁護士 菅野光明第二東京弁護士会所属
弁護士歴20年超える経験の中で、遺産分割、遺言、遺留分、相続放棄、特別縁故者に対する相続財産分与など相続関係、財産管理、事業承継など多数の案件に携わってきた。事案に応じたオーダーメイドのていねいな対応で、個々の案件ごとの最適な解決を目指す。