債務者が行った相続放棄を債権者は取り消すことができるか
相続放棄・限定承認
1 詐害行為取消請求権(債権者が債務者が行った行為を取り消すことができる場合)
債権者は、債務者が債権者を害することを知ってした行為の取消しを裁判所に請求することができます(民法第424条第1項、詐害行為取消請求権)。詐害行為取消請求の対象となるのは財産権を目的とする行為ですが(民法第424条第2項)、債務者が相当の対価を取得している場合は原則として取消請求をすることはできません(民法第424条の2)。
債務者が行った財産減少行為を取り消して、債権者の債権に対する引当てとなる債務者の責任財産を保全する制度です。
2 債務者が行った相続放棄を債権者は取り消すことができるか
最高裁判所昭和49年9月20日判決(民集28巻6号1202頁)
古い判例ですが、以下のように述べて、相続の放棄は詐害行為取消権行使の対象とならないとしています。
「相続の放棄のような身分行為については、民法424条の詐害行為取消権行使の対象とならないと解するのが相当である。」
「なんとなれば、右取消権行使の対象となる行為は、積極的に債務者の財産を減少させる行為であることを要し、消極的にその増加を妨げるにすぎないものを包含しないものと解するところ、相続の放棄は、相続人の意思からいつても、また法律上の効果からいつても、これを既得財産を積極的に減少させる行為というよりはむしろ消極的にその増加を妨げる行為にすぎないとみるのが、妥当である。」
「また、相続の放棄のような身分行為については、他人の意思によつてこれを強制すべきでないと解するところ、もし相続の放棄を詐害行為として取り消しうるものとすれば、相続人に対し相続の承認を強制することと同じ結果となり、その不当であることは明らかである。」
この判例の理由付けは、
①相続の放棄は消極的に既得財産の増加を妨げる行為にすぎず、積極的に債務者の財産を減少させる行為ではなく、詐害行為取消請求権行使の対象となる行為ではない
②相続放棄のような身分行為については行為者の自由な意思決定に委ねるべきである
という点にあります。
身分行為に対する債務者の自由意思が確かに重要であるとしても、債権者の一般財産からの債権の満足への期待利益保護の要請も無視できないとして、取消債権者を相続人の債権者である場合(債権者の責任財産増加への期待は法的保護に値する)と相続債権者の場合(債権者が相続人の固有財産から満足を受けるために相続を強制するのは正当化しがたい)とを分けて考える見解もありますが、現在は上記の判例(否定説)が一般的に支持されています。
3 破産手続、後見手続における取扱い
破産手続においては、破産管財人による否認(詐害行為否認)の対象となるかという点で問題となりますが、上記の判例の考え方から否定されます。
成年後見の場合は、成年後見人が相続財産を調査して、プラス財産とマイナス財産を比較して相続を承認するか放棄するかを決定することになります。
【菅野綜合法律事務所 弁護士菅野光明】
監修
菅野綜合法律事務所
弁護士 菅野光明第二東京弁護士会所属
弁護士歴20年超える経験の中で、遺産分割、遺言、遺留分、相続放棄、特別縁故者に対する相続財産分与など相続関係、財産管理、事業承継など多数の案件に携わってきた。事案に応じたオーダーメイドのていねいな対応で、個々の案件ごとの最適な解決を目指す。