遺留分減殺請求と価額弁償
遺留分
1 平成30年改正前民法の遺留分減殺請求における現物返還主義
以下に述べることは、平成30年改正前の民法(相続法)が適用される令和元年7月1日よりも前に相続が開始した事案にあてはまる内容です。
令和元年7月1日以降に相続が開始した事案(平成30年の改正民法(相続法)が適用されます)にはあてはまりませんので、ご注意ください。
最高裁昭和51年8月30日判決(民集30巻7号768頁)は、遺留分権利者の減殺請求により贈与又は遺贈は遺留分を侵害する限度において失効し、受贈者又は受遺者が取得した権利は右の限度で当然に減殺請求をした遺留分権利者に帰属するものと解するのが相当であるとしています。
これを現物返還主義といいます。
被相続人の遺産が不動産だけであった場合は、遺留分権利者が遺留分減殺請求(意思表示)をすることによって取得するのは、具体的に算定された割合に基づくその不動産の共有持分権ということになります。そして、遺留分権利者は、その取得した権利に基づいて、その不動産の返還請求権や移転登記請求権を行使することになります。
2 価額弁償
ところが、平成30年改正前民法(相続法)第1041条第1項は、
「受贈者及び受遺者は、減殺を受けるべき限度において、贈与又は遺贈の目的の価額を遺留分権利者に弁償して返還の義務を免れることができる。」
と定めており、受遺者が価額弁償をすることによって現物返還を免れることができることを規定しています。
唯一の遺産である不動産が受遺者の居住用不動産である場合で受遺者に資力がある場合などは、価額弁償が選択される場合が多いかと思われます。
そして、遺留分権利者の方も、受遺者に資力があれば、現物返還よりは価額弁償を望む場合も少なくないと思われます。
3 価額弁償の方法
では、遺留分権利者はいつの時点で、受遺者に対して価額弁償請求権を取得することができるのでしょうか。
受遺者が現実に価額を弁償しまたは弁済の提供をすれば、それらによって現物返還義務は消滅します。
最高裁平成9年2月25日判決(民集51巻2号448頁)は、「一般に、遺贈につき遺留分権利者が減殺請求権を行使すると、遺贈は遺留分を侵害する限度で失効し、受遺者が取得した権利は右の限度で当然に減殺請求をした遺留分権利者に帰属するが、この場合、受遺者は、遺留分権利者に対し同人に帰属した遺贈の目的物を返還すべき義務を負うものの、民法1041条の規定により減殺を受けるべき限度において遺贈の目的物の価額を弁償して返還の義務を免れることができる。もっとも、受遺者は、価額の弁償をなすべき旨の意思表示をしただけでは足りず、価額の弁償を現実に履行するか、少なくともその履行の提供をしなければならない」としています。
しかし、最高裁平成20年1月24日判決(民集62巻1号63頁)は、さらに受遺者が弁済の提供をせずに、価額弁償の意思表示をしたときであっても、遺留分権利者は、受遺者に対して、現物返還請求権を行使することもできるし、それに代わる価額弁償請求権を行使することもできると解されるとしたうえで、遺留分権利者が価額弁償を請求する権利を行使する旨の意思表示をした場合には、現物返還請求権を遡って失い、これに代わる価額弁償請求権を確定的に取得するとしています。
そして、この意思表示は、必ずしも訴訟において行使しなければならないものではないと考えられます。
価額弁償が行われる場合の目的物の価額は、最終的には裁判所によって事実審の口頭弁論終結時を基準として定められますが(上記昭和51年の最高裁判所判決)、遺留分権利者が価額弁償を請求する権利を行使する旨の意思表示をした場合の価額弁償義務の発生時点は事実審の口頭弁論終結時になるわけではありません。
そして、価額弁償請求についての遅延損害金の起算点は、遺留分権利者が価額弁償請求権を確定的に取得して、かつ、受遺者に対して弁償金の支払いを請求した日の翌日ということになります(上記平成20年の最高裁判所判決)。
遅延損害金のことを考えると、価額弁償請求を行うことが決まっている場合には、なるべく早期に価額弁償請求権を取得して、受遺者に対してそれに基づく支払いの請求をしておいた方がよいということになりますが、遺留分権利者は、価額弁償請求権を取得することによって、現物返還請求権を遡って失うことになりますから、受遺者が無資力の場合は注意が必要です。
4 価額弁償と果実の帰属
(1)現物返還の場合
遺留分減殺請求権は、減殺請求の意思表示がなされることによって法律上当然に減殺の効力が生じる生じる形成権であり、減殺の対象物が不動産の場合には、減殺請求権の実際の行使方法としては、不動産の返還請求権や移転登記請求権を行使することになります。
そこで、返還が行われる場合、実際に返還されるまでの果実の帰属が問題となりますが、現物返還の場合、平成30年改正前の民法(相続法)第1036条は、「受贈者は、その返還すべき財産の外、なお、減殺の請求があった日以後の果実を返還しなければならない。」と定めていました。
そして、この規定は、遺贈(受遺者)の場合にも類推適用されると解するのが通説です。
(2)価額弁償の場合
では、価額弁償がなされる場合は、価額弁償がなされるまでの果実の帰趨はどのようになるのでしょうか。これを正面から定めた条文はありませんでした。
上記のとおり、遺留分権利者が価額弁償を請求する権利を行使する旨の意思表示をした場合は、価額弁償請求権を確定的に取得する代わりに、遺留分減殺請求によって取得した現物返還請求権を遡って失うため、果実の返還請求権も遡って失うことになると考えられるため問題となります。
この点については、上記の平成20年の最高裁判所判決についての最高裁調査官の解説が以下のように述べています(高橋譲・最高裁判所判例解説(民事篇)平成20年度55~56頁)。
「遺留分権利者が」価額弁償を請求する権利を行使する旨の「意思表示をした場合、減殺請求により一旦生じた効果がさかのぼって消滅し、遺贈の効力が遡及的に復活することになる結果、遺留分権利者は、減殺請求時から価額弁償を受けるまでの間に発生した遺留分減殺の対象物の果実(例えば、不動産の賃料)についても、これを収受する権利を失うことになるものと解される。そうすると、遺留分権利者が現物返還請求権を行使した場合には、民法1036条により、その間の果実を収受することができるのに、価額弁償請求権を行使したときにはその果実を収受することができないことになって不均衡を生じるのではないかとの疑問がある。しかしながら、この点については、『民法1041条により、価額弁償をなす場合には、減殺請求の日以後の果実を金銭に評価して返還しなければならないものとされている。けだし、1041条の価額による弁償は、現物に代わるべき価額の返還であるからである。』との指摘(新版注釈民法(28)[補訂版]503頁[高木多喜男])があるとおり、価額弁償請求権の価額の算定に当たっては、遺留分権利者が収受することができた果実を金銭に評価してその額を決定することになるものと解されるから、上記の不均衡を生ずることはないと考えられる。」
したがって、この見解によれば、価額弁償請求を行うにあたって、減殺請求の対象が不動産の場合には、果実である不動産の賃料を金銭に評価したものを価額に加えて請求することができると解することができることになります。
【菅野綜合法律事務所 弁護士菅野光明】
監修
菅野綜合法律事務所
弁護士 菅野光明第二東京弁護士会所属
弁護士歴20年超える経験の中で、遺産分割、遺言、遺留分、相続放棄、特別縁故者に対する相続財産分与など相続関係、財産管理、事業承継など多数の案件に携わってきた。事案に応じたオーダーメイドのていねいな対応で、個々の案件ごとの最適な解決を目指す。