中小企業の経営権の承継と遺産分割方法の選択
事業承継
1 中小企業における株式の共同相続
中小規模の同族会社においては、会社の安定的な経営のため、遺産に株式がある場合、相続による株式の分散をできるだけ避けることが望ましいといえます。
共同相続の効力については、「相続人が数人あるときは、相続財産は、その共有に属する。」(民法第898条)とされています(株式の場合は所有権以外の財産であるため正確には準共有ですが(民法第264条)、以下、単に共有といいます。)。
そして、株式会社において、株式が複数の者の共有に属するときは、共有者は、当該株式についての権利を行使する者一人を定めて、株式会社に対し、その者の氏名又は名称を通知しなければ、当該株式についての権利を行使することができない(株式会社の同意がある場合は除きます。)とされています(会社法第106条)。この権利行使者の指定については、持分の価格の過半数をもってこれを決するのが相当とされています(最高裁判所平成9年1月28日判決(判例タイムズ936号212頁))。
このような株式の共有状態は、遺産分割の内容によってはそれで解消することが可能ではありますが、株式を共同相続人間で各々の法定相続分に応じて分割してしまうと、株式が法定相続人に分散することとなります。
2 中小企業の経営安定化のための会社法等における規定
経営規模が比較的小規模な中小企業の経営安定のためには、相続による株式の分散を避けることが望ましいということは既に述べたとおりです。相続法(民法)以外の法律で、このために次のような規定が設けられています。
株式会社は、その譲渡制限株式を取得した者に対して自社に当該株式を売り渡すことを請求できる旨を定款で定めることができます(会社法第174条)。
この規定の趣旨は、会社にとって好ましくない者が新たに株主になることを防止して、会社の非公開制を維持するところにあります。
旧代表者の推定相続人は、そのうちの一人が後継者である場合には、全員の合意をもって、書面により、当該後継者が当該旧代表者からの贈与等により取得した株式等の全部又は一部について、その価額を遺留分を算定するための財産の価額に算入しないことを合意し、家庭裁判所の許可を受けた場合には、合意に係る株式等の価額を遺留分を算定するための財産の価額に算入しないものとされます(中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律第4条第1項第1号、第8条第1項第9条第1項)。
中小企業の代表者の死亡等に起因する経営の承継がその事業活動の継続に悪影響を及ぼすことを防止するために設けられた規定です。
3 遺産分割における株式の分割方法
中小規模の同族企業の経営権承継をめぐる問題とその会社の代表者の遺産分割の問題とは、関連する部分はありますが、基本的には別個の問題です。
しかしながら、会社からすれば、相続人の中に会社にとって好ましくない者や会社の経営に関心がない者が含まれている場合に、そのような者が株主になることは避けたいと考える一方、相続人からすれば、非公開会社の株式を相続した場合、それを換価したくても買受人を探すことは通常は困難であるため、代償金を取得する方がよいと考える場合もあり得ます。
そして、これらの事情は、「遺産の分割は、遺産に属する物又は権利の種類及び性質、各相続人の年齢、職業、心身の状態及び生活の状況その他一切の事情を考慮してこれをする。」として遺産の分割の基準を定めた民法第906条の「遺産に属する物又は権利の種類及び性質」、「その他一切の事情」にあたると考えることが可能です。
東京高等裁判所平成26年3月20日決定(判例時報2244号21頁、判例タイムズ1410号113頁)は、
「典型的な同族会社であり、その経営規模からすれば、経営の安定のためには、株主の分散を避けることが望ましいということができる。このことは、会社法174条が、株式会社はその譲渡制限株式を取得した者に対して自社に当該株式を売り渡すことを請求できる旨を定款で定めることができると規定し、また、中小企業における経営の承継の円滑化を図ることを目的として制定された中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律(平成20年5月16日法律第33号)が、旧代表者の推定相続人は、そのうちの一人が後継者である場合には、その全員の合意をもって、書面により、当該後継者が当該旧代表者からの贈与等により取得した株式等の全部又は一部について、その価額を遺留分を算定するための財産の価額に算入しないことを合意し、家庭裁判所の許可を受けた場合には、上記合意に係る株式等の価額を遺留分を算定するための財産の価額に算入しないものとすると規定している(4条1項1号、8条1項、9条1項)ことなどに表れている。これらの規定は、中小企業の代表者の死亡等に起因する経営の承継がその事業活動の継続に悪影響を及ぼすことを懸念して立法されたものであり、そのような事情は、民法906条所定の『遺産に属する物又は権利の種類及び性質』『その他一切の事情』に当たるというべきであるから、本件においても、これを考慮して遺産を分割するのが相当である。」として、
遺産中の同族会社株式は、その全部を同社の次期社長に就任する予定である相続人に取得させることが相当であるとしています。
同族会社における株式の遺産分割の方法について代償分割を認めた事案ですが、農地の場合の遺産分割において、農業経営の安定のため農地の分割をできるだけ避けようとの要請から農業経営者やその承継者である相続人に農地を単独取得させる遺産分割方法との共通点がみられます。
【菅野綜合法律事務所 弁護士菅野光明】
監修
菅野綜合法律事務所
弁護士 菅野光明第二東京弁護士会所属
弁護士歴20年超える経験の中で、遺産分割、遺言、遺留分、相続放棄、特別縁故者に対する相続財産分与など相続関係、財産管理、事業承継など多数の案件に携わってきた。事案に応じたオーダーメイドのていねいな対応で、個々の案件ごとの最適な解決を目指す。