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相続させる旨の遺言(特定財産承継遺言)における遺言利益の放棄~遺言と異なる遺産分割~

遺言

1 遺贈の放棄

被相続人から遺贈を受けた場合、受遺者は遺贈を放棄することができます。
遺贈内容が可分の場合、遺贈の一部のみを放棄することも可能と考えられています。
遺贈が包括遺贈の場合には、受遺者は相続人と同一の権利義務を有することとなり(民法990条)、相続の放棄・承認に関する規定が適用される結果、受遺者は、相続の開始があったことを知ったときから3か月以内に家庭裁判所に申述する方法により、遺贈の放棄を行う必要があります(民法938条、915条)。
他方、遺贈が特定遺贈の場合、受遺者はいつでも遺贈を放棄することができます(民法986条1項)。

2 「相続させる」旨の遺言(特定財産承継遺言)とは

いわゆる「相続させる」旨の遺言とは、
長男Aに甲土地を相続させる。長女Bに乙土地を相続させる。
などのように遺産に属する特定の財産を、特定の相続人に相続させる内容の遺言をいいます。
平成30年の民法(相続法)改正により「特定財産承継遺言」と呼ばれるようになりました(民法第1014条2項)。
「相続させる」旨の遺言の法的効果としては、最高裁平成3年4月19日判決(民集45巻4号477頁)が、遺言書において特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」趣旨の遺言者の意思が表明されている場合、特段の事情のない限り、特定の遺産を特定の相続人に単独で相続させることを可能とするための遺産分割の方法が定められた遺言と解すべきであり、遺産の一部である特定の遺産を特定の相続人に帰属させる遺産の一部の分割がなされたのと同様の遺産の承継関係を生じさせ、何らの行為を要せずして被相続人の死亡の時に直ちに相続により承継されるとしています。
つまり、「相続させる」旨の遺言があれば、遺産分割の協議や家庭裁判所の審判を経ないで、遺言で指定された特定の相続人が特定の遺産を確定的に取得することになります。

3 「相続させる」旨の遺言(特定財産承継遺言)における遺産取得利益の放棄

そこで、いわゆる「相続させる」旨の遺言(特定財産承継遺言)における特定遺産の取得の利益を放棄することができるかですが、これについては見解が分かれています。
(1)放棄否定説
遺言の利益の放棄はできないとする考え方
(2)放棄肯定説
一般に権利利益の放棄は自由であり、特定遺贈の放棄を認めた民法986条1項の趣旨はこの場合にも当てはまるとする考え方
(3)制限的放棄肯定説
いわゆる「相続させる」旨の遺言の効果は遺産の一部分割であるから、共同相続人全員の合意があればその遺産分割の合意解除として遺言の利益の放棄も可能とする考え方

さいたま地裁平成14年2月7日判決(裁判所ウェブサイト掲載判例)によれば、以下のように判示されています。

しかしながら、このような遺言をする被相続人(遺言者)の通常の意思は、相続をめぐって相続人間に無用な紛争が生ずることを避けることにあるから、これと異なる内容の遺産分割が全相続人によって協議されたとしても、直ちに被相続人の意思に反するとはいえない。被相続人が遺言でこれと異なる遺産分割を禁じている等の事情があれば格別、そうでなければ、被相続人による拘束を全相続人にまで及ぼす必要はなく、むしろ全相続人の意思が一致するなら、遺産を承継する当事者たる相続人間の意思を尊重することが妥当である。
法的には、一旦は遺言内容に沿った遺産の帰属が決まるものではあるが、このような遺産分割は、相続人間における当該遺産の贈与や交換を含む混合契約と解することが可能であるし、その効果についても通常の遺産分割と同様の取り扱いを認めることが実態に即して簡明である。また従前から遺言があっても、全相続人によってこれと異なる遺産分割協議は実際に多く行われていたのであり、ただ事案によって遺産分割協議が難航している実状もあることから、前記判例は、その迅速で妥当な紛争解決を図るという趣旨から、これを不要としたのであって、相続人間において、遺言と異なる遺産分割をすることが一切できず、その遺産分割を無効とする趣旨まで包含していると解することはできないというべきである。

東京高裁平成21年12月18日決定(判例タイムズ1330号203頁)も、特定の遺産を相続させる旨の遺言により遺産を承継した相続人が遺産分割事件の手続中で遺言の利益を放棄する旨陳述するだけでは、その相続人は被相続人の相続開始時に当該遺産の所有権を確定的に取得したものであるから当該遺産は遺産分割の対象にならないとしていますが、他方で、共同相続人全員の間で当該遺産を遺産分割の対象財産とする旨の合意が成立しているとも認められないので当該遺産は遺産分割の対象とはならないと判示しているところからすると、上記さいたま地裁の判決と同様の考え方に依拠しているものとも考えられます。

全相続人の合意があれば、遺言と異なる協議も原則として可能であり、その限りでは,遺言の利益を放棄することは可能であるとする考え方が一般的であると思われます。

4 遺言と異なる遺産分割協議

「相続させる」旨の遺言がある場合において遺言と異なる遺産分割協議をする場合の留意点は以下のとおりです。
(1)遺言で遺産分割協議が禁じられていないこと
被相続人は、遺言で、相続開始の時から5年を超えない期間を定めて遺産分割の禁止をすることができます(民法908条)。このような禁止事項が遺言にあった場合、相続人はその禁止期間内に遺言と異なる遺産分割協議をすることはできなくなります。
(2)遺言執行者がいる場合は、遺言執行者の同意があること
遺言執行者は、遺言の内容を実現するため、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有しています(民法1012条)。遺言執行者がある場合には、相続人は、相続財産の処分その他遺言の執行を妨げるべき行為をすることができません(民法1013条)。
したがって、遺言執行者がいる場合は、その同意を得ておく必要があります。
(3)相続人全員が遺言の内容を知ったうえで遺産分割協議をすること
遺言があることを知らずに遺産分割協議をした相続人がいる場合、後日、その相続人から遺産分割協議の無効を主張される可能性ががあります。

5 税務上の問題

遺言と異なる遺産分割がされたとしても、税の計算においては、最終的な遺産分割協議の内容でのみ相続税が課税されることになり、遺言と異なる分につき贈与や交換などとし贈与税や所得税などが課されることはありません。
ただし、遺言の中に相続人以外の人に対する遺贈があり、受遺者が同意したうえで遺言と異なる遺産分割協議をしたときは、受遺者については、遺贈の財産に相続税が課され、さらに相続人との間で他の遺産と交換した場合はその譲渡益に所得税が課されます。

6 登記手続上の問題

例えば、
長男Aに甲土地を相続させる。長女Bに乙土地を相続させる。
という遺言があった場合に、
長男Aが乙土地を取得する。長女Bが甲土地を取得する。
という遺産分割協議を行った場合を例にあげます。
この場合、登記をするには、まず、「相続」を原因とする所有権移転登記を行い(長男Aに甲土地、長女Bに乙土地)、その後、「交換」または「贈与」を原因とする所有権移転登記(長男Aに乙土地、長女Bに甲土地)をするという二段階の登記手続が必要(登録免許税も二段階分の納付が必要)となるのが原則と考えられます。
「相続させる」旨の遺言がある場合には、相続開始と同時に遺産の権利帰属が確定してしまうこととなるため、まず、遺言どおりに「相続」を原因とする登記をし、その後、交換・贈与・売買等により、相続人らの望む権利関係を形成することになると考えられるからです。
ただし、「相続させる」旨の遺言があったとしても、相続の登記が未了であれば、遺産分割協議により直ちに遺言と異なる内容の相続の登記をすることができるとする考え方もあり、実務においては、登記官に対して遺言と異なる遺産分割であることを申請しない限りで、二段階の登記を経由せずに直接遺産分割による相続登記をする運用がなされているようです。

【菅野綜合法律事務所 弁護士菅野光明】

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