相続分の譲渡に対する課税と2次相続での遺留分の算定
遺産分割
1 相続分の譲渡
相続分の譲渡とは、相続人が、遺産全体に対する包括的な持分や法律上の地位を譲渡することをいいます。
したがって、被相続人にプラスの財産以外の債務があれば、それも引き継ぐことになります。
相続分の譲渡によって遺産全体に対する割合的持分が譲受人に移転し、相続分全部の譲渡の場合は、譲渡人は遺産分割手続から離脱することになります。相続分の譲渡は他の相続人以外にも第三者に対しても行うことが可能であり、その場合は譲り受けた第三者が遺産分割手続に新たに参加することになりますが、通常は、他の相続人に譲渡する場合が多いと思われます。
相続分の譲渡は、有償に限らず無償で行うこともできます。
相続分の譲渡を行うために他の相続人の同意を得る必要はなく、譲渡人と譲受人が合意すれば相続分の譲渡を行うことができます。
相続分の譲渡により譲渡人は遺産分割手続から離脱することになるため、相続人の数が多い等の理由で遺産分割手続がなかなか進まないような場合は、相続人を整理し遺産分割手続の当事者を少なくすることによって、遺産分割手続の進行を促進できる可能性が高くなるというメリットがあります。
2 無償の相続分の譲渡は贈与にあたるか
無償で相続分の譲渡を行った場合、それが贈与にあたるかが問題となります。
特に、税務上、贈与にあたるとして贈与税が課税されるということになると、相続人間の譲渡の場合は、相続分の譲渡を行わずに遺産分割を行って相続税が課税される場合に比べて税負担が重くなる可能性があります。
有償による譲渡の場合も含めて、課税関係をまとめると以下のようになります。
(1)相続人間における相続分の譲渡の場合
①無償で譲渡した場合
相続分の譲渡をした分については、遺産分割により譲渡人が取得せず譲受人が取得したものとして取り扱うことになります。
(ⅰ)譲渡人
相続財産を受け取っていないため税(相続税)は課税されません。
遺産分割において何も取得しなかったものとして扱われます。
(ⅱ)譲受人
自分の固有の相続分と譲渡分を合わせた額に対する相続税が課税されます。
自己の固有の相続分と譲渡分を合わせて相続(遺産分割)により取得したものとして取り扱われ、贈与税は課税されません。
②有償で譲渡した場合
いわゆる代償分割が行われた場合と同じ取扱いとなります。
(ⅰ)譲渡人
譲渡の対価として受け取った金額(代償金に相当)に対する相続税が課税されます。
相続分の譲渡に対して譲渡所得税が課税されることはなく、譲渡の対価は相続により取得したものとして取り扱われます。
(ⅱ)譲受人
取得した全相続財産から譲渡の対価として支払った金額を控除した額に対して相続税が課税されます。
自己の相続による取得分(自己の固有の相続分と譲渡分を合わせたもの)から譲渡の対価を差し引いたものが相続により取得した財産とみなされます。
(2)第三者に対する相続分の譲渡の場合
いったん譲渡人が相続により取得したうえで、譲受人である第三者に譲渡したと考えることになります。
①無償で譲渡した場合
(ⅰ)譲渡人
譲渡した自己の相続分をいったん相続により取得したとみなされ、それに対して相続税が課税されます。
(ⅱ)譲受人
譲渡分を贈与により取得したものとみなされ、贈与税が課税されます。
②有償で譲渡した場合
(ⅰ)譲渡人
譲渡した自己の相続分をいったん相続により取得したとみなされ、それに対して相続税が課税されます。
譲渡により不動産などの譲渡所得を生じる場合は、所得税(譲渡所得)が課税される場合があります。
(ⅱ)譲受人
適正な対価を支払っている場合は、贈与税は課税されません。
3 1次相続で相続人間で無償の相続分の譲渡が行われた場合の2次相続での取扱い
(1)問題点
上記のように相続人間で相続分の譲渡を行ったときは譲渡が無償で行われた場合でも、税務上は贈与と扱われず、遺産分割による取得として相続税の問題に解消されます。
他方で、2次相続のことまで考えた場合、2次相続の被相続人が1次相続で無償による相続分の譲渡を行っていた場合、譲渡分が2次相続の遺産から無償で逸出するということになると、2次相続における他の相続人の取得額がそれだけ減少してしまうということになります。
具体例として、下の図のような場合です。
例えば、1次相続(被相続人はX)において、相続人Y(Xの妻)が自己の相続分の全部を長男Aに無償で譲渡した場合、2次相続(被相続人はY)において1次相続で譲渡した相続分がYの遺産として考慮されないということになると、その分、2次相続での長女Bや二男Cの取得分が減少することになり、BやCが不利益を蒙ることになる可能性があるという問題です。
(2)最高裁判所平成30年10月19日判決(民集72巻5号900頁)
この判決の事案は、相続分譲渡によって遺留分を侵害されたとして遺留分減殺を原因とする持分移転登記手続等を請求されたものですが、相続分の譲渡が遺留分算定の基礎となる財産額に算入すべき贈与にあたるかが争点となりました。
原審の東京高等裁判所平成29年6月22日判決(民集72巻5号932頁・金融法務事情2114号59頁)は、「相続分の譲渡による相続財産の持分の移転は、遺産分割が終了するまでの暫定的なものであり、最終的に遺産分割が確定すれば、その遡及効によって、相続分の譲受人は相続開始時に遡って被相続人から直接財産を取得したことになるから、譲渡人から譲受人に相続財産の贈与があったとは観念できない。また、相続分の譲渡は必ずしも譲受人に経済的利益をもたらすものとはいえず、譲渡に係る相続分に経済的利益があるか否かは当該相続分の積極財産及び消極財産の価額等を考慮して算定しなければ判明しないものである。したがって、本件相続分譲渡は、その価額を遺留分算定の基礎となる財産額に算入すべき贈与には当たらない。」としました。
しかし、上記の最高裁判所の判決は、次のように述べて、共同相続人間においてされた無償による相続分の譲渡は、譲渡に係る相続分に含まれる積極財産及び消極財産の価額等を考慮して算定した当該相続分に財産的価値があるとはいえない場合を除き、遺留分算定の基礎となる財産額に算入すべき贈与に当たるとしています。
「共同相続人間で相続分の譲渡がされたときは、積極財産と消極財産とを包括した遺産全体に対する譲渡人の割合的な持分が譲受人に移転し、相続分の譲渡に伴って個々の相続財産についての共有持分の移転も生ずるものと解される。
そして、相続分の譲渡を受けた共同相続人は、従前から有していた相続分と上記譲渡に係る相続分とを合計した相続分を有する者として遺産分割手続等に加わり、当該遺産分割手続等において、他の共同相続人に対し、従前から有していた相続分と上記譲渡に係る相続分との合計に相当する価額の相続財産の分配を求めることができることとなる。
このように、相続分の譲渡は、譲渡に係る相続分に含まれる積極財産及び消極財産の価額等を考慮して算定した当該相続分に財産的価値があるとはいえない場合を除き、譲渡人から譲受人に対し経済的利益を合意によって移転するものということができる。遺産の分割が相続開始の時に遡ってその効力を生ずる(民法909条本文)とされていることは、以上のように解することの妨げとなるものではない。
したがって、共同相続人間においてされた無償による相続分の譲渡は、譲渡に係る相続分に含まれる積極財産及び消極財産の価額等を考慮して算定した当該相続分に財産的価値があるとはいえない場合を除き、上記譲渡をした者の相続において、民法903条1項に規定する『贈与』に当たる。」
上記の最高裁判所の判例によれば、1次相続において無償で行われた相続分の譲渡(上記の図でいえばYからAへの相続分の譲渡)は、譲渡に係る相続分に含まれる積極財産及び消極財産の価額等を考慮して算定した当該相続分に財産的価値があるとはいえない場合を除き、2次相続(被相続人のY)における遺留分算定の基礎となる財産額に算入されることになります。
なお、遺留分の基礎となる財産額への算入がされる贈与の時期については、平成30年の民法(相続法)改正により内容が改められています。
改正法は、算入される相続人に対する贈与は特別受益としての贈与(第903条1項のもの)に限定し、かつ相続開始前10年以内のものに限定しました。改正前は、特別受益としての贈与については期間の制限がなかったものが10年以内のものに限定されたものです。もっとも、贈与の当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与をしたときは10年の期間制限は適用されません。
改正民法の規定は、2019(令和元)年7月1日から施行され、施行日以後に開始した相続に適用がされています。
相続人間の無償による相続分の譲渡についての「贈与」認定に関わる上記最高裁判所の判例が出されたことによる税務上の取扱いへの影響については、上記最高裁判所の判例は遺留分算定の基礎となる財産額の算定に関するものであり、従前の税務上の取り扱いには影響しないと考えられているようです。
【菅野綜合法律事務所 弁護士菅野光明】
監修
菅野綜合法律事務所
弁護士 菅野光明第二東京弁護士会所属
弁護士歴20年超える経験の中で、遺産分割、遺言、遺留分、相続放棄、特別縁故者に対する相続財産分与など相続関係、財産管理、事業承継など多数の案件に携わってきた。事案に応じたオーダーメイドのていねいな対応で、個々の案件ごとの最適な解決を目指す。